【ことば倉庫】

詩集『灰も落とせない指』更新中/ほか作品集は最下部から

⑩retake

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君は自分の名前について
聞いたことがあるだろうか
その形は
どんな思いがこめられたもの
そして響きは

ねえ、
誰がつけたの?

だぼついたパジャマ姿で
僕も聞いてみたものだよ

 

それはね――

 

いくつかの理由を教えてくれたけど
名前を呼ぶ
言い含めるような優しい声は
それだけで、答えだったよ

 

答えなんて要らないな
簡単に言うけど
感じることは難しい

 

揺れる影
揺れる頭
ただ歩いていく

 

 

補助つきの自転車より早く
お気に入りの靴より早く
そこにあって
一緒に歩いてきたもの
いつしか気付いた、僕は
振り回してばかりだったな
カキン
打球の行く先を追う

 

「走れ!」
夢中で駆け抜ければ
見つけられそうな気がするんだ
非力にものを言わせてホームラン
拍子に外れた胸のボタン
流れる景色で文字を追う

昂ぶる日々
転ぶ君
立ち上がってゆけ

 

使えない
出来損ない
まるで爪を噛むような気軽さで
誰かが僕にいうから
いつしか
刃向かうのも
起き上がるのも面倒で
分からんと音を上げて
カラン、と音を立て
ついにバットを手放した

 

――君、



病を患って
言葉を作るのが難しい
母がおぼろげな響きで呼ぶ
僕の名前は
呼吸を覚える前から
用意してくれたものだと気づいたんだ

 

名前を呼ぶ
目の前叫ぶ
大きくなったな

 

 

ハンカチを握って眠る子がいて
夜中に起きてしまう子がいて
僕はと言えば
カレンダーを指でなぞって
朝まで眠る子供だった

やっていることは
これっぽちも変わっちゃいない

すべてが大人になって
ほとんどが大人しくなって
子どものころのような
動きやすい服を脱ぎ捨てる

何かを置いていく人
ただ老いていく人

それは、それぞれ

 

 

人は人を見ていて
人に育てられていく
ふと、ピアノに座ると
透明な文字が浮かんだ

「届け!」
名前を失くしかけた
誰かに捧ぐリテイク


手縫いのゼッケン
脇見をしながら全力で運ぶ

 

 


やっぱり、かっこいいところをあなたに見せたい

 

 

 

人は人を見つめていて
そして誰かを呼び続ける
笑う僕
笑う人
誰かに似て行く

 

ただ見るだけ
鏡になる
こぼす人

 

拾う人

 

 

確かに似て行く

 

 

―10月<揺れ>の言葉―