【ことば倉庫】

詩集『灰も落とせない指』更新中/ほか作品集は最下部から

物語『道京』 - 詩

①風船

机に向かってペンを走らせる僕の目の前に突然、現れたむき出しのままの鍵盤白は弾き返すように黒は吸い込むように音もなくたたずんでいた 目を凝らすとぼんやりと情景が浮かび上がる指を一本落とすとレコードみたいに動き出す途切れ途切れの物語筋も、旋律も…

②少女

暗い夜に降りだした斜めに叩きつける雪の中で少女は僕の心をすくい取った 滑る手元に傘が転がる何を迷うのと訊く目深にかぶった帽子の中でため息が深く鳴いていた 手袋を外し柔らかい頬を挟むと冷たい、と首をすくめた あれ、おかしいなちゃんとつけていたは…

③オレンジ

街を歩くと、そばを犬が通る街を歩くと、たまにむしずも走る昼になると、そばが喉を通る昼になると、朝の悪寒が消える一時、すべての瞬間がうすれ濁り合って変な側道でつながれる時々、砂時計が止まるようにドキドキと温もりが始まるように 現在地、何丁目何…

④白い花

渇望は桜色の花のように訪れて狂おしく誇らしげわざと強風を見計らって短く咲く、嘘みたいな真実 背の高いビルが東京の空を切り取って僕らはそれを思い切り見上げた彼女のシャッター音が細切れに砕いていく純粋さと悩みを重そうに首からぶらさげて そんなハ…

⑤瞬膜

えっ、と詰まってしまうような言葉が来てこわばった体の薄皮がむけるわずかな虚勢を実らせたその結末がこれだ 泣きそうになってえっと、だから、ってもがいてみようとする誰も知らない表と裏のあいだで瞬膜のレンズが傷ついていった 君は器用な舌で息抜いて…

⑥雨音

夢 か ら醒めて青い びんの 中くぐもって 響く その 声を人形 は黙って 聴 いて いるそれは ピアノの 上の聡明な くまショー ウィンドウを 嫌ってや がてある 一室に身を おいた ぽつりと 落とす 音は誰かに ささげる しずく飾り用のカクテルの びんに 響い…

⑦文月

文月、葉月、長月、神無月焼けつく日差しの入り口に意味深な暦を振り付ける 水無月が霜に変わるまで季節が変わってしまうまで あるものは文を書きありったけの葉を乗せる長い季節を待ちわびて神はいないと絶望する 年に一度 七夕を手にするか常に適当 たなぼ…

⑧いまはそんなことより

長い雨のあとがどこかに残っていて突然、間をおいて現れたような蒸し暑い8月の午後神宮外苑に細い身体のランナー広いグラウンドで僕らは草野球をただ 眺める キンと強い打球音ふっと見上げる青空つんと頭刺すかき氷舌の真ん中がレモン色 変わった形の建物ゆ…

⑨sentence

形あるものはいつか壊れるだから壊れてもいいものを造るそうして、置き忘れたため息が後ろのほうに投げ捨てられる 人はいつの時代も土を掘る 光あるものは影を作るだけどそれは形じゃないから人は刺激と名づけていつだってそばに置きたがる 自身が離れていく…

⑩retake

君は自分の名前について聞いたことがあるだろうかその形はどんな思いがこめられたものそして響きは ねえ、誰がつけたの? だぼついたパジャマ姿で僕も聞いてみたものだよ それはね―― いくつかの理由を教えてくれたけど名前を呼ぶ言い含めるような優しい声は…

⑪窓

窓 髪型が決まらないと外へ出ることもうとましい潔癖で派手に色めいた青春は人をとてもおおらかに変えていくすくいとる、滑らかな土の色それさえもちょっと嫌味に見えたりして 人は変わっていくからあきらめの言葉など心の隅にそっと埋めてしまえばいいよ 君…

⑫ミヤコミチ

ぬかるんだ小道を抜けて見上げた小さな公園の夜空トランクを開けてお菓子の袋を広げてギターを弾いた、ふりをした地面は動いていないように思えるけど誰かに言わせれば回っているらしいよね 誰かにとって当然に思えることを疑ってみた試みそう言葉にして切り…

⑫+1 あなたとあたし

よく考えてみてふたりのあいだには何ひとつ 同じところがないのあたしは女であなたはもうひとつのほうあたしが左にいればあなたが右にいるようにあなたが寝ていると分かるときあたしはいつだって起きていてその夢の行く先はあたしと違うほうあたしはここにい…